古い価値を諦めない

乗り物も住宅も、新しく作って売る際には、いろんな規制に縛られます。古いものは、割と、野放しです。なんかおかしいなあ、と思いつつ、古い価値を諦めない話。


昨日、初めて「新基準原付」に出会いました。

125ccのエンジンを積んでいるのに、原付免許で乗れるというシロモノです。
排ガス規制で50ccが作れなくなるから、制度ごと変えてしまった、というものです。

見た目はふつうのスクーターでした。当たり前ですが。


50ccの生産終了は、以前に取り上げたことがあります。

ピーク時の3%、まではいかないとしても
原付バイクの出荷はピーク時の3%、排ガス規制適応コストが出せずに生産終了の見込みだとか。他山の石にしないとね〜

排ガス規制をクリアするコストに採算が取れない、だから各メーカーが生産をやめる、という話です。

1982年に287万台あった原付一種の販売台数は、2023年には9万4,000台にまで落ちていました。ピーク比で3%ちょっと。
その後、どうなったか。
2024年は10万7,000台、2025年も10万6,000台。

生産終了前の駆け込み需要で一時的に増えて、そのまま横ばいで推移しています。消えるはずが制度ごと変わって延命した、という感じです。

住宅も似たような構造で、消費税の増税前も、法改正の前も、駆け込み需要が起きました。
需要を生み出しているのが「欲しいから」ではなく「今のうちに」という動機。
当然、反動があります。
官製需要と官製不況、を何度も繰り返してきました。


規制は、新しいものにしか向かない。

新しく作るものには基準が課される。でも、今すでに走っているものには何も変わらない。
古い50ccは乗り続けられます。燃費が悪くても、排ガスが汚くても。
自動車は古くなると重量税が割増になります。排ガスの多い古い車に乗り続けることへの、一種のペナルティです。

でも住宅は逆です。

古い家屋の固定資産税は、年数とともに下がっていきます。
無断熱でも、旧耐震でも、既存不適格住宅。古いまま住み続けることへのペナルティはなく、むしろ税制として「そのまま使ってください」と言っているような構造です。

意図してそうなっているのかわかりませんが、結果としてそういうことになっている。
既存の膨大なストックは、規制の外にいるわけです。


ただ、と思うんです。

古い原付って、面白いんですよ。

モンキーとか、おもちゃというか盆栽というか、そんな楽しさがあるし、2ストのミニバイクとか——燃費は悪いし排ガスは汚い。でも乗ってみると楽しいし、形が美しい。何十年も経っているのに、古さが魅力になっているんです。僕もその手のもの持ってたんだけど、手放しちゃって、ちょっともったいなかったなあ。
今はどれも、当時の数倍の価格で取引されているようです。

これ、古い家に感じることと、似た部分があります。

断熱性能はほぼゼロで、夏は暑いし冬は寒い。
でも縁側の光の入り方とか、土間の感触とか、柱の手触りとか——数値では測れない心地よさがある。
省エネ基準に照らせば失格でも、人が惹きつけられるものが確かにある。

しかし、原付と違うのは、価値がつかない(値段が下がる)こと!
イギリスなんかは、古い家の方が価値があるそうです。歴史が染み付いていることが魅力になる、ってことか。
日本は逆で、築年数とともに価値が下がっていく。同じ「古さ」を、全然違う目で見ている。

古い原付を手放したことをちょっと後悔している僕が言うのもなんですが、家はオートバイと違って、頑張れば断熱も耐震も引き上げられます。
どこまでやるかは、また別の話ですが。

古いものの良さを知りながら、現代の暮らしに耐えられるように手を入れていく——そういう仕事が、工務店にはできる。
これはすごいことだと思う。