日曜恒例メシの話
僕は料理ばっかりしているからか、「いいお嫁さんになるね」みたいなことをよく言われます。
うーん、じゃあ、外で働いてばっかりいたら「いいお婿さんになる」のかなあ?
そういうステレオタイプはだいぶ減ってきた気はしますけど、まだまだありますね、特に工務店経営者の中高年男性には(あ、こんなステレオタイプに当てはめちゃダメか)
肉じゃがを作りました。

肉じゃがといえば、かつては、「お嫁さんに作ってもらいたい料理」の代表格だったような?
いや、これも僕がステレオタイプに毒されているだけか?
あるいは、「おふくろの味」の代名詞だったり?
これもベタすぎるよなあ。
お付き合いしている男性の家で肉じゃがを作る、なんてのは、もはや一周まわってあざとささえ感じたりして。
いやいや、これも良くないイメージだなあ。
肉じゃががそういう試金石になっているのは、思うに、包丁の使い方、素材への火の通し方、だしの取り方など、基本的な技術が必要だから、ということかもしれません。
(今回はだしとってないけど)
それともう一つ、肉じゃがを外食で食べようと思うと、意外とむずかしい。
おふくろの味的定食屋の小鉢に出てきたりしますけど、小鉢の中身は日替わりだったりするからなあ。
しかし、昨今はちょっとこの「作ってもらいたい料理」ランキングにも変動があるようです。
パスタ、カレー、ハンバーグ…こういうのが上位になっています。
こんなの外食でも食べられるよなあ、と思うのですが、実のところ、その、作ってもらいたい、とか言ってるやつの「お母さん」が、肉じゃがを作らない世代になってるんじゃないか、なんて邪推したりしています。
(ハンバーグの方が、肉じゃがより大変だし、どっちが優れているとか偉い、って話じゃないけどね)
育ってきた環境で嗜好が決まる、というのは良くあることです。
そしてそれは、食だけじゃなくて、住もそうなんじゃないか?
インスタントな感じの住まいを実家として過ごしてきた人は、多分、住宅取得の段階でも、同じようなインスタント的住宅を求めるのではないか。
裏を返せば、今、きちんと作っている家は、将来の「肉じゃが」のような存在にもなるわけです。
でも肉じゃがの魅力が伝わらないと、カレーやハンバーグに負けるかもしれません。
…うーん、例がわかりにくいなあ。カレーもハンバーグも、悪くないもんね。
肉じゃがは日本の料理、カレーやハンバーグは海外の料理、という区別をしているわけではありません。
(カレー(特に日本のカレー)は、肉じゃがとほとんどプロセスも材料も変わんないしね)
規範となるようなものを作れるか、という話です。カレーでもハンバーグでもいいんです。インスタントかどうかの方が問題。
「いいお嫁さんになるね」は、褒め言葉としてはもうだいぶ古いけど、でも「いい実家になるね」だったら、古びないかなあ。


