家での看取り(猫ですが)

今日は結構沈んでいる佐塚です。
昨日ブログに書いた老猫ですが、残念ながら今日の朝に亡くなってしまいました。

最期の日々は、病院に連れて行ったりせずに、できる限り自然に過ごそう、と決めていて全うしましたが、これでよかったのかな、とは今も思います。
最後は、開口呼吸をしながら、フラフラ、というよりバタバタとしながら、少し苦しそうだったけれど、すぐに静かに息を引き取りました。
けれど、これが人間だったら、流石に救急車を呼んだだろうな、とも思いました。

日本人のほとんどは病院・診療所で亡くなるといいます。かつてはその割合は80%を超えていましたが、近年は医療施設ではなく老人施設で亡くなる人が増えたことと、自宅での看取りを希望する人も増えたため、病院死の割合は減少傾向のようです。それでも自宅での看取りは15%程度。自宅で最期を迎えたい、という人は多いけれど実現にはいくつかのハードルがあるようです。

家を建てるときには、家族の変化を考えよう、とよくいうのだけれど、せいぜい子どもが独立して家から出て行くところまでぐらい(そこまで想像していないケースも多いですが)、在宅で介護し、看取ることを、新築時から想定しているケースはあまりないでしょう。

我が家だって、トイレが階段の途中にある(そこにしかない)ので、一階からも二階からも階段を使わなければトイレに行けません。
普段から体を動かしておけば、段差など気にならないのだ、などと嘯いていたのですが、ぎっくり腰になった時はトイレの場所を恨みました。

在宅介護が必要になると家の改修が必要になるケースが多いし、そうした改修に介護保険が使えることもあります。介護リフォームを得意にしている工務店もいます。
しかしながら、やはり介護というのは大変で、介護離職の話もよく聞きますし、やっぱり在宅では見られない、と施設に頼るケースもたくさんあります。どれが正解、なんてことはないのが、この手の問題の難しいところですね。

今日、猫のことを振り返って思い出していて気がつきましたが、21年一緒に暮らしたということは、18歳から家を出て独立している息子よりも、一緒に暮らしていた時間が長いということです。そして、我が家の猫は家猫なので、家にいる時間は僕よりずっと長い、ということでもあります。人の時間にすると100年相当を、ずっと同じ建物の中で過ごしたのか…。