抜け道に看板を立てるような仕事

標識は同じ、道幅も同じ、住んでる人の数もたぶん同じ。違うのは、その道が抜けられるかどうかだけ。ってのを、無理やり当てはめてみたよ。


昨日、9月1日から、生活道路の法定速度が30km/hになりました。

道路交通法施行令が改正されて、中央線も車両通行帯も中央分離帯もない道は、標識がなくても30km/hです。
だいたい道幅5.5m未満の道が該当する、という話。
(「生活道路」って言葉自体は、道交法上の正式な区分じゃないらしいですけど)

ぼくんちの前の道は、以前から30km制限の標識が立っているので、そこに関して言えば、何かが変わったということはありません。
というか、あの道はご近所の人しか通らないので、元々みんなゆっくり走っています。

標識があるから、というより、そこに誰が住んでいるかを知っているから、という感じでしょうか。

というわけで、走ってみた

施行初日だし、と理由をつけて、近所の生活道路をぐるっと一周してみました。
(何をやってるんだ、とは自分でも思うけど、こういうのは初日にやらないと意味がない)

そうしたら、けっこうはっきり差が出ました。

行き止まりの道は、みんなゆっくりです。
通り抜けできる道は、守っている人がほとんどいない。

同じ規制で、同じくらいの道幅で、たぶん住んでいる人の数もそう変わらない。

違うのは、その道がどこかへ抜けられるかどうか、だけ。

守らせているのは標識なんだろうか。それとも、道の形なんだろうか。

通過交通、という言葉があります。

その街に用のない車が、ただ通り過ぎていくこと。

これ、前に書いたことがありました↓
https://katalyst.blog/33220

宅地開発で真ん中に一本きれいな道を通してしまうと、そこが抜け道になって、住んでいる人が一番気の毒なことになる、という話です。

袋小路(クルドサック)にしておけば、入ってくるのは用のある人だけになる。

用のある人は、ゆっくり走ります。だって、そこに用があるんだから。


さてさて、いつものように無理やり持っていきます。

工務店さんの発信も、この二種類に分かれているんじゃないかな〜、と思うのです。

ポータルサイト、まとめ記事、リールの無限スクロール。
このあたりは、通り抜けの道っぽい。

用があって来た人よりも、どこかへ向かう(あるいはただ走っている)途中で通りかかっただけの人が、大量に流れていく。
そういう場所に、どれだけ丁寧な文章を置いても、速度は落ちにくいのです。

冒頭を工夫する、サムネを変える、一文目でつかむ。
やることは全部正しいのだけど、それは結局、抜け道に30km/hの標識を立てているのと似ているかもしれない。

正しい。正しいけど、守られない。
(まあ、僕も標識立てる片棒を担いでいるのだが)

いっぽうで、自社のサイトやブログは、行き止まりの道に近い。
通りすがりに入ってくる人は、そんなにいません。

検索でたまたま辿り着く人はいるにしても、大半は、すでにどこかで会っている人です。
だから、ここでは長い話が最後まで読まれる。
速度が、勝手に落ちている。

じゃあ、通り抜けの道に出るのはやめて、行き止まりに引きこもればいいのか。
というと、そう単純でもない。

行き止まりばかりの街は安全だけど、そもそも誰も入ってこられない。

(ここで「SNSなんてやめちまえ」と言い切れたら、話はきれいになるんだけど、一応、言わない)

知ってる人んちのそばだったら、速度は勝手に落ちる。
見知らぬ通過交通は、ぶっ飛ばしていく。

だとすると、通り抜けの道でやることは、もっとうまい看板を立てることではないのかもしれない。

そこで、知り合いになっておくこと。
顔と名前を覚えてもらって、次にどこかで見かけたときに、あ、この人だ、とブレーキを踏んでもらうこと。

そう考えると、投稿の一本一本は、読ませるためというより、覚えてもらうためのものなのかもなあ。
読まれなくていい、とまでは言いませんけど。

…と、まさかこんなオチになるとは思わずに、近所をぐるぐる走り回っていたヤツが言っています。