昔、ローコスト住宅をやっていた、という工務店さんとはお付き合いがありますが、現役のローコスト住宅をやっているところはお付き合いがなく…
って、ローコスト住宅って、そもそもなんだ?
ハイコストは看板にならない?
飛行機業界には、LCC(ローコストキャリア)がありますね。
機内食なし、預け荷物は別料金、時間帯が不便だったり、ゲートが遠かったり。
それでも安い方がいい、と思って選ぶものです。
でも、ANAやJALのことを「ハイコストキャリア」とは誰も呼ばない。
フルサービスキャリア、なんて呼ぶことはあるようだけど。
住宅業界でも、「ローコスト住宅」と自ら名乗るところはあるけれど、「ハイコスト住宅」と看板を掲げているところは見たことがありません(あったら教えて)。
「高い家です」と宣言して売る人はいない、というわけ。
「高そう」に見せることで、お客さんを選別するところはあるけど、「高い」とは言わない。
航空業界はこの問題をとっくに解決しています。
高い方が「フルサービス」と名乗ることで、コストの話を価値の話に変えたわけです。
とはいえ、「ローコスト」が出てきたからこその呼び方ですね。

(実際はこういう違いじゃないけど)
では住宅業界はどうでしょう。
トータルコスト比較?
「コスト」に対して、「サービス(価値)」ではなく、「さらなるコストの論理」で挑むケースが見られます。
よく見るのが「30年トータルコスト比較」です。30年以上の場合もあります。
初期費用は高いけれど、メンテナンスコストが低いので、長い目で見ればむしろお得です、という説明。
言っていることは正しい。
さらに言えば、物理的・精神的な両面で、30年も経たずに壊してしまう家もあります。
ローコスト、だけど早く壊してしまう家と、高いけれど長持ちする家と比べれば、1年あたりの費用は逆転したりもするわけです。
でも、そういうことって、届いているのか?
人の認知の問題
工務店の説明が下手なわけじゃないと思う。
人間の認知の問題です。
「30年後の自分」を想像してください、と言われても、正直なところ解像度がひどく低い。20年後でも怪しい。
僕は30年前、サラリーマンで、妻は専業主婦でした。
そのぐらいのタイミングで、家の計画をたてはじめた気がします。
30年後の今の像なんか全く想像していなかった(していたとしても、違うものになっている)し、20年後、つまり10年前でも、やっぱり怪しい。
老後(…というか、20代後半で家を建てる人も多いから、30年後は今の僕と近いぐらいになりますが)の自分の姿を鮮明にイメージできる人間はほとんどいなくて、だから脳は自然と「今、いくら払うか」という判断に引き戻されるわけです。
お猿を笑えない
「朝三暮四」という言葉があります。
猿に朝4つ、夕3つのどんぐりを与えると言ったら怒った。朝3つ、夕4つと言ったら喜んだ。合計は同じなのに。ということで、猿を笑う話(というか、目先の損得を笑う話)。
目先の損得、というより、だます話、みたいに捉えられている節もあります。
でもさあ、今もらえる4つと、夕方もらえる3つは、同じじゃないですよね。それが生き物の感覚として自然です。
野生生物だったら、食べられる時に食べるのが鉄則だし、人間にとってのお金だって、今の1000万円と20年後の1000万円は同じ価値ではない。
インフレとか投資とか、そういう面でもお金の価値は変わるけど、もうちょっと単純に「今、必要な金」が、「将来浮きますよ」と言われても困る、という人はたくさんいるのだ。
30年後のコスト削減も、今払う差額も、数字上は同じかもしれない。でも人間の脳は、今の出費の方をずっとリアルに感じてしまうのです。
論理ではなく、認知の仕組みがそうなっているってことみたい。
時間軸を引き寄せる
「30年後どうなるか」ではなくて、「明日の朝、どんな家で目覚めるか」の話なら、自分ごとになります。
空気が美味しい。庭に鳥が来てる。床の足触りがいい。なんとなく機嫌がいい。
それが何十年も続く、という話を伝えるのは難しいけど、遠い未来を一点で語るんじゃなくて、近い未来の積み重ねなら分かり得る。
人間の脳は「30年後」より「明日の朝」の方がずっと大事なんです。明日の次に明後日があって、明明後日があって…を、30年分やったらわかるんだろうか?
そして、ハイコスト住宅、という言葉の代わりに何を名乗るか。
フルサービスキャリアが「コストの話を価値の話に変えた」ように、自分たちの家を言い表す言葉を持っているか。
それを考えることが、次の一手になるんじゃないかな〜。
「フルサービス住宅」ではもちろんないし、「高性能住宅」じゃないんだよな。
なんて表現がいいんでしょうね、あなたの作る家。
