同じ話を何回も書いたっていい理由

三年前の自分が、同じことを書いていました。忘れてた。でも、また同じこと言ってらあ、と思われてもいいんだ。


今日は9月9日、重陽の節句です。
目立たないよね〜、重陽の節句。

1月7日は人日の節句 名前は廃れているけど七草粥として行事が残っています。
3月3日は上巳の節句 ひな祭りですね。
5月5日は端午の節句 これが一番メジャーか?
7月7日は七夕の節句 節句としては捉えられてなくても、七夕は、まあメジャーです。

これらに比べて重陽の節句は、ほとんど気にされてないような?

とか書こうと思ったら、過去に書いてました。

時代を経て廃れるもの、廃れないもの
9月9日は菊を愛でる「重陽の節句」です。…といっても、なんだそりゃ、の人が多いかもしれません。節句という言葉自体は端午の節句、桃の節句のように今も使われています。五節句として知られるのは1月7日 人日(七草)3月3日 上巳(桃)5月5日 端...

忘れてた。
そのぐらい、影が薄いのが重陽の節句。

九が二つ重なる、ってことに、重い意味がある、そうですけど。


でもいいんです、同じ話でも。

雑誌だって、1年経つと同じような記事が回ってくる事が多いです。
春になれば「新生活の片付け」、夏になれば「カレーとビール」、秋になれば「京都の紅葉」、冬になれば「温かい鍋」。

でも、全く同じ話、ってわけじゃないし。
ましてネットの場合は、1年前と同じ人が読み続けている、ということは、雑誌よりも少ないかもしれません。

要するに、読み手が変わってるから同じ話でもいいじゃないか、ってこと。


もう一つ、同じ話でもいい理由があります。

そして、上に書いたように、同じ人が読み続けていることは少ないながらも、でも、ずっと読み続けてくれている人もいるでしょう。

そういう人たちに、同じ話が目に入ったら?

また同じこと言ってらあ、と思われるでしょう。

それで、いいんです。主義主張は、そんなにコロコロ変わるもんじゃないから。

僕だって、日陰を作れとか、webサイトのスピード上げろとか、同じことを何回も書いてます。
大切なことだから二回言った、ってやつです。


まあ、重陽の節句のことを主張したいわけじゃなくて、純粋に忘れてただけなんですが…
怪我の功名です。
怪我してないし功名も得てない気もするが