日曜恒例メシの話。というか、時々出てくるサイゼリヤの話。
先月の話ですけど、サイゼリヤが決算会見時に値上げを示唆しました。
値上げを発表したわけではありません。示唆です。
翌日のサイゼリヤの株価はストップ高。その後、上下動はありながら、値上示唆前の株価を大きく上回る状況が続いています。
普通、値上げは嫌われるものですが、サイゼリヤの場合、業績が向上する、と投資家に判断されたようです。
元々原価率がかなり高く、それを少し下げれば利益率が大きく改善する、ということみたいですね。
平均客単価は800円台前半…って、ワイン一本も飲めないじゃないか。
(ワインは1本1000円から。僕は大体2000円から3000円ぐらいかなあ…)
なくなってしまったスペシャルワインもまた売ってくれたら、(僕の中での)株価が上がるのになあ…でもこれは、非効率なんでしょうね。
さて、ここでちょっと視点を変えてみます。
サイゼリヤが「発表」ではなく「示唆」だけで株価を動かせたのは、そもそもメニューに数字が印字されているからです。
ある日、ある数字が別の数字に書き換わる。それだけで事件になる。
一方、多くの工務店は、そもそも値上げを「発表」していません。
なぜかというと、単純な話、値段を出していないからです。
坪単価の目安はあっても、実際に出るのは毎回の見積もり。
書き換える「定価」がそもそも無いので、値上げという儀式が成立しようがない。
これ、悪いことばかりでもないですよね。
一軒一軒違うものを作る商売だから、定価を出せない、というのはまっとうな帰結です。
でも。定価がない代わりに、何で値段を伝えているのか。
結局「雰囲気」と「世の中の傾向」なんですよね。
その相場感、誰がコントロールしているんだろう?
金利のニュース、資材高のニュース、近所の噂話。
お客さんの相場感は、こちらが発信していない情報で勝手に形成されていく。
価格を出さない、というのは、値段の印象を自分たちの手から手放している、ということでもあります。
サイゼリヤの株価が上がって喜んだのは株主です。
でも、その日ドリアを食べていた客が、同じように喜んだかというと、たぶん違う。
工務店に株主はいません(株を売り買いする株主、って意味で)。
でも「値段の雰囲気をうまくコントロールできたら楽になるのにな」という発想そのものは、株主的な都合であって、これから住む人の都合では、ない。
相場感に任せるのは、一見、何もしていないように見えます。
でも、それで一番得をしているのは、誰なんでしょうね。
価格を出す・出さないは、業種の違いだから仕方ない部分も大きい。
でも、その「雰囲気で伝わってほしい」が、お客さんのためなのか、こちらが楽をするためなのか。
価格を出して上手くいったところもあるし、失敗じゃないの…? ってところもあるから、どっちが正解、ってことはなくて、自社に合うかどうか、たまには考えてみてもいいんじゃないかな〜
なんて、価格どころか、仕事が何かわかんないヤツに言われたくねえよ…って思われそうですが



