芥川賞受賞作の
『東京都同情塔』を読みました。
一部を生成AIに書かせた
なんてことも話題になり
建築がテーマでもあるので
気にはなっていたのですが
えらく面白いではないですか。
お話のネタバレは避けておきますが
頭の中に自分とは別の検閲者がいて
そいつのせいでえらく疲れるだとか
外来語由来の言葉にすると
いろんなことが
婉曲的になり角が立ちづらいとか
僕好みの、というか
僕が言ってんじゃねえかなと
思うようなお話がたくさん。
中で、ふと気になった言葉。
ネタバレにならない、と
思いますので引かせていただくと
質問すれば何でも答えが出てくると思っているところがAIネイティヴの嫌いなところ。
続いて
まず自分で推測したり解釈したりする癖をつけたらいいよ。
私は君のことが好き。ひとりの人間として非常に好ましい。そんな君に期待しているからこそ言っておきたいのだけれど、途中式が書かれていない解答に私は丸をつけない。つける人もいるのは知ってる。でも私はつけない、絶対に。偶然かもしれない、再現性のない成功を許すわけにはいかないから
数学の話から続く
セリフなので
途中式とか解答とか言ってるわけですが
途中式がなくて解答だけあっていても
丸はつけない。
つける人もいるのは知っている。
ドキッとしたなあ〜。
とかく工務店の皆さんはお忙しいので
「具体的に」と解答を急ぐことが多い。
お客さんも求めているのも(多分)
具体的な解答であって
途中式なんかどうでもいい
というのが大勢の考え方なのでしょう。
ただ、その答えがたまたまあっている
「偶然かも知れない、再現性のない成功」
だとしたら?
昨日、ご一緒させていただいた
入政建築の新野さんが
こんなブログを書かれていました。
今、取り組んでいる
「aisuの町角」は
いわゆる注文住宅ではありません。
注文住宅の場合は
住まい手さんと作るプロセス
(あえて途中式、といおうか)が
共有できます。
実はそれがすごく楽しかった
という住まい手さんも多い。
ところが、モデルハウスや
分譲住宅の場合は
そういう途中式を見せずに
解答だけを提示するのが一般的で
外皮性能とか住設機器
素材の説明などが中心になることが
多いけど
やっぱり途中式は重要で
作り手が、どんなことを考えて
どうやって練り上げたのか
そういうことを
どこかで見せなきゃいけないんじゃないか
でもお客さんはそんなことに
関心ないんですよね〜
なんてことを話しながら。
新野さんは、先に紹介したブログで
途中式(プロセス)の一部を公開しています。
それが、まだ見ぬお客さんに
届くかどうかわからないけれど
とても大事なことだと思う!
かくいうワタクシめは
当日、別件でトラブル対応を
しながらの参加になってしまい
面白い途中式をしっかり
理解するチャンスを
逃してしまいました…
せっかくの機会だったのに
秋山さん、新野さん、ごめんなさい。
というわけで
これだけ言っときながら
途中式を省略して
またしてもサイゼリヤです。
おあとがよろしい? よろしくない?