代表作は未完成のまま超えちゃえ

「あそこは自然素材の家」「あそこはデザインが面白い」——一棟の作風が、そのまま会社の看板になることがある。ありがたい反面、固定されたのは世間じゃなくて、自分自身だったりする。まあ、あってもいいけど、超えちゃえ。


♪メーテルまたひとつ 星が消えるよ

日曜は出来るだけメシの話にしてるんだけど、今日はいつもメシを作りながら見ているアニメの話…? にさせていただきます。

声優の池田昌子さんが亡くなったそうです。合掌。

銀河鉄道999のメーテル役、とか、ローマの休日のオードリー・ヘプバーン役とか、なんか、トラウマ級の美女の役をやられてましたよね。あとお蝶夫人とか。ハイソだ。

報道もほぼそればかり。
まあ、オッサンはそういうキャラに拗らせてた人も多いだろうしな〜。

「代表作」って、嬉しい反面、それを超えられない辛さ、みたいなものが、もしかしたらあったんじゃないかな、なんて思います。

本人はメーテルを「自分の分身、肉親に近い存在」と言っていたようで、決して押しつぶされていたわけじゃなくて、むしろ同化していたのかな?。
でも、それって逃げ場がないことでもある。


(AIに描かせてみたら、顔までリアルに描いちゃった…ので後ろ姿…でもダメか?)

ここで強引に、工務店の話をしていいですか。

「あそこは自然素材の家」「あそこはデザインが面白い」——一棟、あるいは一時期の作風が、そのまま会社のイメージに貼りついてしまうことがあります。

施主はそのイメージで選んできます。
だからありがたい。でも10年経って、つくりたいものが少し変わっていても、「らしくない」と言われちゃう。
あるいは自分で「らしくない」と思って、出せなくなる。
固定されたのは世間じゃなくて、自分自身だったりする。

とはいえ、池田さんは「メーテルは未完成だと思う」みたいなことを言っていたそうです。すごい。
看板を超えようとしていたんじゃなくて、看板の深さをずっと掘り続けていたんだろうな、と。
それはそれで、かっこいい仕事の仕方だと思う。

住宅は未完成でいいのか? いいんじゃないでしょうか。
「建築物」としては完成して引き渡すけど、「住まい」としては、住まい手が暮らしてはじめてスタートするので。

それにしても、代表作を作るのって、大変だけど、その代表を超えるのって、やっぱり難しい。
それぞれに、住んでいる人もいるわけだから、何が代表で、何が代表でないか、なんていうのも、そもそも難しい。

とはいえ、見せたいもの、はあるはず。
まずは、「看板」があるか。
そして、その「看板」を、消費するんじゃなくて、越えようとしていたか。

僕自身は、「代表作」「看板」を作らないよう心がけています。
でも、クライアントの仕事では、「代表作」を探してしまうのも事実です。

でもそれに引っ張られずに超えていこうぜ。