「相場感」のない価格

住宅が高い、というのは数年前と比べてのことだけど、その内訳は、どっちみちお客さんにはわかんないですよね。


日曜恒例メシの話

普段の食事はほぼ全部自分で作っていますので、滅多にないことですが、デパ地下で買い食い。
いわゆる「中食」(外食と内食の間)してみました。

美味しくいただけましたが、自分でも作れそうなものだったりすると「値段が高いな〜」なんて感じてしまいます。

そりゃそうですよね。
自分で作る場合は、材料費以外は目に見えたコストがないですが(調味料とか燃料費とかも実際にはかかるけど)、お店で売られているものにはそれ以外の経費もたくさん乗ってくるわけです。

けれど、なまじ食材の価格については「相場」がわかっているだけに、「材料」としてみたら、高いな〜、なんて感じてしまうわけです。

住宅とは全然違う構造ですね。

今は、家が高いな〜(高くなったな〜)と感じる人は多いでしょう。
でも、それは総額としての金額であって、「材料の相場感」を持っているお客さんなど、ほぼいないはずです。

柱一本いくらでしょう? って聞いても、普通はわかんないですよね。
さらに住宅の場合は、在工で表されることも多いので、余計にわかんないはずです。

何より、家はお客さん自身が自分では作れないですよね。
(一部の例外を除いて)

住宅の場合、「高いですね」と言われたとき、それが材料の話なのか、手間の話なのか、あるいは単に予算感の話なのか、実はよくわかりません。

多くの場合、その「高い」は納得できていないという意味だったりします。

そういう意味では、「相場感」も、存在しないのかも。

中食なら、「このマリネ、家で作れるな」で終わる話ですが、住宅はそうはいきません。

自分では作れないし、失敗も許されない。

だから価格は材料ではなく理由で判断されるのです。

中には、「この程度の材料で、こんな高い価格で売ってるのか〜」というような工務店もあります。
当然、利益率は高くなります。

では、それが悪いことか? といえば、そんなことはありません。

お客さんが、その工務店の発信に関心を持ち、そして実物を見て納得していれば、どっちも幸せなわけです。

だから工務店がやるべきことは、安く見せることでも、原価をさらすことでもなくて「なぜ、この家がこの値段なのか」をお客さん自身が判断できる状態をつくることなんじゃないでしょうか。

単純に、積み上げられた見積もり、ということではなくて、「これだけやってるんだから、そのぐらいするよね」という感情を生み出したい。

価格そのものだけでなく、理由の伝え方が問われている、ということなんでしょうね。

…うお〜、すごい上底だった!
なんて時は、どう納得すればいいのか…(ま、十分な量はあったけどね)