『空き家と移住』を読みました

垣谷美雨さんの小説を読んで、移住の成否は建物では決まらない、ということを改めて考えました。場所、人、慣習。意識と所得はどっちかしか高くない、という話も含めて、工務店が移住に関われるとしたら何か、というあたりをぐるぐると。


垣谷美雨さんの『空き家と移住』を読みました。
空き家と移住って、工務店にも関わるテーマじゃん。


垣谷さんの小説に通底するのは、社会問題を「生活のリアル」として描くもので、ステレオタイプ的な嫌な人、嫌な慣習、みたいなものが出てくる、という印象です。
この『空き家と移住』も、そのスタイルが効いていました。

まあ、どんな嫌な人やら慣習やらが出てくるかは読んでのお楽しみだとして、移住というのがいかに「家」の話ではない(と、社会的に受け止められている)か、ということが伝わってきます。

家は確かに必要です。住む場所がなければ話にならない。でも、移住を決断する理由も、移住してうまくいく理由も、移住が失敗する理由も、どれも、実は「家」のことではないのです。

場所、人、文化…というか、慣習だ。
その土地で生きていけるか、どうか。

そこにあるコミュニティに入れるか。近所の人間関係がどういうものか。仕事はあるか、子どもの学校はどうか、買い物は、病院は。たまに顔を出す空き家バンクの担当者は、移住コーディネーターは信頼できる人か。

立派な建物があっても、その土地に居場所がなければ、人は出ていく。逆に、古くてボロくても、隣の人が良い人だったら、それだけで続く。
移住の成否を決めるのは、建物ではない。


もう一つ、これは小説とは別の話ですが、移住者というのは一般的に建物にお金をかけたがらない傾向があります。

なんとなく肌感覚としてあったことが、移住者と話していると確認されていく。
「古民家でいい」「リノベで十分」「とにかく安く住めれば」という声は、移住者の文脈でよく出てきます。地域への意識が高く、暮らしの質を求めていても、建物への投資には消極的。

で、ここがちょっと面白いというか、難しいところ。
意識と所得は、どっちかしか高くない。

これは偏見が入っているのを承知で言いますが、移住に積極的な人というのは、価値観が先行していることが多い。
都会の暮らしに疑問を持って、人間的なコミュニティを求めて、豊かな環境の中で子育てしたくて、という動機は立派だし、ちょっと共感もする。
でも、その動機が強い人ほど、あまりお金を持っていないことが多い気がしています。

逆にお金のある人は、移住を「別荘的なもの」として捉えていて、地域コミュニティへの深い関与はあまり求めていなかったりする。
どっちかが悪いという話ではありません。ただ、工務店の商売という観点から見ると、後者の方が一見美味しいんだろうけど。
そういう計算をすること自体が、ちょっと悲しくもあるんですが。


では、そこに工務店はどう関われるのか。
家を建てる前に、やることがある。

地域の工務店というのは、ある意味でその土地の「文化財」みたいなものだと思っています。そこで何十年も家を作り続けているということは、その土地の気候も、暮らし方も、近所づきあいも、全部知っているはずなんです…

と言いたいところだけど、本当にそうかな?

風がどっちの方向から吹いてくるとか、冬はどのぐらい冷えるとか、そういうことは、かつては経験から、今は資料や計算から導き出せるようになっています。
でも、それは文化とか慣習とかとは違う話。

「地域密着」という言葉は、工務店の自己紹介として相当広く使われていますが、実態はどうでしょう。
その土地で営業していて、地元のお客さんと付き合いがあって、という意味では確かに「地域」なんですが、その土地の移住者がどこに困っているかとか、空き家の持ち主がどういう事情を抱えているかとか、集落のコミュニティがどういう温度感なのかとか。

そういうことを、どれだけ知っているでしょう。
「地域密着」と「地域を知っている」は、別のことかもしれないです。


垣谷さんの小説に出てくる移住者たちは、情報が少なくて傷つきます。まあ、ある意味、勝手に思い込んでその思い込みに裏切られる、というか。

事前に分かっていれば、もっとうまく立ち回れたのに、という場面がいくつもある。田舎特有の「暗黙の了解」に気づかなかった。近所の人間関係の地雷を踏んだ。集落の慣習を知らずに変なことをしてしまった。

これって、別に「地方が意地悪」という話ではなく、単純に情報の非対称性の問題です。
移住者は知らない。地域の人は当たり前すぎて言わない。
その間に誰かが入ってくれたら、ずいぶん変わるはずです。

工務店が「案内人」になれるかどうか、というのは、けっこう面白い問いだと思っています。

めんどくさいですね。そんなのやりたくない、という気持ちもわかります。
そんなのは、移住コーディネーターの仕事、といえばそれまでなんだけど。


移住者が出ていったとしたら、その家は、また空き家になります。空き家と移住は、うまくいかないとループする。
そのループを断ち切る仕事は、建物を作ることじゃないんだろうけれど、工務店がそこに関われるか?

そんなの建設業の仕事じゃない、と言われればそれまでだけど、そこに手を出していかないと、建つ建物はこれから減る一方。
建つ人を待つだけでは、もう追いつかないから…


垣谷 美雨 (著)