今日は秋分の日
昨日の浜松はそこそこ暑くなりましたけど、今日は過ごしやすそうな朝です。
夏至や冬至はパッシブデザインの話の時によく出てきますが、秋分とか春分はあんまり出てきませんね。
なんでだろう?
暑さ寒さも彼岸まで、というように、この頃は、そんなに不快な状況ではないことが多いから、かもしれません。
(もちろん、太陽の入り方によっては暑くもなるし、寒冷地だったらもう寒さを覚えるかもしれませんが)
いつもこのぐらいの陽気だったら、過ごしやすくていいのにな〜
なんて思ったりもしますが、人の身体って相対的に暑さ寒さを感じるので、そしたらそれはそれで、暑いだの寒いだの言い出してしまうのですが。
そうはいっても、室内環境は、多分、彼岸の頃の環境を目指すのがいいんだと思います。
例えば昨年2025年9月23日の浜松のアメダスデータによると
1日の平均気温が23.6℃
最高気温が27.6℃
最低気温が20.5℃
相対湿度は平均56%
最低40%
どうでしょう。なんか、数字だけ見てても、過ごしやすそう〜って感じですね。
じゃあ、いつもそのぐらいになるようにエアコンを動かしておけば快適か?
多分まあ、体感的には快適だろうと思います。
でも、人の欲望は不思議なもので、温度と湿度が快適エリアにあれば満足か、というと、どうなんでしょう。
昔聞いた小噺みたいなので、こんな話がありました。
とあるお偉い人が、室温について、温度を上げろ、下げろとうるさく言われる。
そこで、手元で操作できるリモコンを用意した。
実は偽物で、実際にはそのリモコンで制御はできないけれど。
けど、偉い人は、自分で操作できるようになって満足した。
なんて話。アメリカ大統領と専用機エアフォースワンでの出来事なんて話だったような気がするけど、定かでありません。

これどういうことか?
自分で制御できる、自分の裁量で決められる、ということの大切さ、じゃないでしょうか。
(まあ、この例では決めてないんだけど)
なーんもしないで自動的に環境ができている、というのも、悪くないかもしれないけど、それって、環境を整える力を失うことになってしまう。
こうやったら涼しくなる、こうやったら暖かくなる、という知恵と行動は、少しでも住まい手の余地として残しておいて欲しいな…
エアコンが効いているのか効いていないのかもわからないぐらい、というのが、温度・湿度としては快適なのかもしれません。
でも、エアコンが効きやすい、という満足感とか、それを自分で操作できる余地というのも、精神的には結構大切だったりして。


