目立ちたかったら、目立たないようにしよう

立春大吉。
みんながやってるからって、定番・定型フォーマットに乗っかるのって、もったいなさすぎない? というお話です。


立春大吉

今日から新年です!

新年そうそう(?)、選挙選挙で、あちこちで立候補者が金切り声をあげてます。

いや、正確には、金切り声の人と、そうでない人がいます。

なんで選挙演説って、あんな金切り声、っていうか、絶叫調っていうか、アジテーション的っていうか…

自分に話しかけられてる、って感じ、しないなあ。誰でもない誰かに向かって叫んでるみたい。
でも、それが当たり前なんだろうなあ。

ところが、たまたま通りがかったところで開かれていた演説で、アジりでも絶叫でもない、落ち着いた語りの候補者がいて、ちょっと、アレ? って足が止まりました。

カタにハマってない方が、注目されるのかな?

常識というか定番というか

まあ、アジるのが選挙演説の定番、なんてのは、古い世代の常識なのかもしれません。

一方で、古い世代には決して定番ではなかった、節分の「恵方巻き」は、なんだかすっかり定着しましたね(地域によるのかな?)。

食品ロスの問題から、販売をやめる、なんて話も何年か前にあったけど、節分の昨日、スーパーマーケットに行ったら、普段、寿司や刺身を売っているコーナーが全部恵方巻きになっていました。(食事の支度をしなくて済む、という点で人気だったり?)

という僕は、食事の支度で恵方巻きを作ったりして。

細巻きより作るの楽だな〜

スーパーマーケットで恵方巻きを買っている人を眺めていましたが、「安いのをたくさん買う人」と「えらく高いの買う人」に分かれてる、ように見えました。

そこから「住宅の二極化」っていう展開にすると思ったでしょ〜?

でも、今日は違います。

お約束の「型」

選挙演説も恵方巻きも、定番…というか、お約束の「型」みたいなのがあります。

広告にもお約束が多いですね。

例えばYouTubeだったらこんな感じのサムネ

インスタだったらこんな感じの画像

仮にこの両者が逆だと…なんか違和感ありますね。
それぞれの「場」での「お約束」みたいなもんか。

いかにも、を狙うならいいかもしれないけど、しかしこれでは、同じようなものの中で見つけてもらうのは難しい…?

もしも恵方巻きの中に、おにぎりが入ってたら目立つよね。

金切り声の中に、落ち着いた語りの人がいたら、ちょっと耳を傾けてしまうかも。

サムネイルもカバー画像も同じです。

目立ちたい。

流行りのあしらいをしたい。

否定しません。

でも、目立ちたい人同士が集まるプラットフォームでは、目立ちません。

自分たちらしくすることが、結果的に目立つ

周りから目立つんじゃなくて、「自分たちだけの特別」を言わないとね。

これ、工務店だけの問題じゃなく、プロモーションしている会社の問題、の気もします。

僕も自戒を込めて書いています。

アウトプットが量産型になってる、というか、納品しさえすりゃいいでしょ、というか…

アルゴリズムを利用して、表示されることは大事です。

でも、表示されたものが、凡百なものだったら、見てもらえるかな?

そしてさらに、見てもらえるハードルを越えられたとしても、

次には自分たちのスタイルに合っているか?

このギャップの方が、マズいかも…

斜め手書き文字のオサレ系画像から飛んだ先が、ゴリッゴリの骨太工務店だったりすると…どうでしょうね?
(ギャップ萌えの可能性もなくはないけど、普段は5秒ぐらいの離脱が、0秒になる可能性の方が…高いかな)

世の中のほとんどの人は、タイトルやサムネイル的なものしか見てくれません

残念ながら、ほんの一瞬表示される、その画像で評価をされるんだから、もっとビビりつつ、もっと大胆に表現していかないとな!

流行りとか、周囲に寄せるんじゃなくて、自分たちの「匂い」を振り撒かないとな〜!