日曜恒例メシサケの話。
このところ、YEBISU CREATIVE BREWなる、ヱビスビールの限定版を飲んでいたりします。
最新の限定版は左の「藍想う」
でも僕は右側の「澄深し」が好みだなあ〜。
まあ、酔ったらなんでもいいんだけど

人はなぜ「限定」という言葉に弱いのか?
もう手に入らないかもしれない。
他人が手に入れていないものを手に入れたい。
なんて気持ちも働くんでしょう。
僕だって、このビールがいつでも買えるなら、今は買わない、かもしれない。
工務店の中には、年間xx棟限定、うたっているところがあります。
この棟数「限定」とヱビスビールの「限定」は、何が同じで、何が違うんだろう?
ヱビスビールの、というか、多くの工業製品での「限定」は、様子見的な限定、ってこともあるかもしれないけど、多くの場合は、プレミアム感を元に、売り上げを拡大したい、ということなんじゃないかと想像します。
通常のヱビスビールも併売されています。もっといえば、サッポロビールの他のビールも売っています。
このビールは、普段ビールを飲んでいる人が、今までのビールとかわりに選ぶ、ってことは、売り上げ拡大にならないようにも見えますが、ちょっと値段が高いから、売り上げ自体は増えるかな?
(企画とか広告宣伝費も入れたらどうなのかな〜って興味はあるけど)
一方で、工務店が打ち出す「限定」は、どうでしょう。
棟数を限定する工務店にも、もちろん「プレミアム感」を出したい、というスケベ心はあるにしても、実際のところ、「そんなにたくさんは出来ない」という事情があるはずです。ビールのように限定だから値段が高い、という売り方も、ちょっと難しい。
たくさん出来ない、というのは、言ってみれば人的リソースが要因なわけです。
もちろん、どこかに振ればこなすことはできるかもしれないけど、それでは品質が担保できないから、数を限定する。
「拡大」のための限定、ではなくて、「品質」のための限定、と考えたら、大手企業が繰り出す工業製品の「限定」とは、根本的な発想が違いますね。
もちろん、数を増やしたい、というのは、多くの工務店の偽らざる心境だし、それは理解できます。
ただ、受注が上手いこといって規模を拡大した会社の中には、なんだか不幸せそうになっているところも、なくはありません。
「限定」というのは、市場向けの言葉なので、自社を縛る言葉に置き換えたら、何になるんでしょう。
「作れない」と「作らない」は似ている。
単に手が足りない、あるいは受注がなく、作れないから作らない、ってのと、品質のために、作りたくないから作らない、ってのは、字面は似ているけど、結構違います。
「年間xx棟限定」をやるんだったら、ここを間違えちゃうと、カッコ悪い。
お客さんも、感じ取っているんじゃないかな〜、という気がします。
