ちょっと前の話。
『なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか』を読んでおりましたところ

荷物が届きました。
箱を開けると…

ねこちゃんズが、にゃんすか、にゃんすか〜? と偵察…は置いといて
お、これは!

届きました!

和國商店さんのチャリティー折鶴(緑青)

訪問した時に、真鍮の折鶴を見て、素晴らしい手しごと、カッコいいな〜、なんて思っていたら、チャリティーで全額寄付、というし、じゃあ是非に、と、参加させていただきました。
協力というか、お金は全額寄付、というので、和國商店さんの持ち出しなんですが…カッコいいですね、鶴も、そういうことするウチノ板金・社長の内野さんも。
折鶴が届いて、この本を読んでいるタイミングで、内野さんからわざわざお礼の連絡いただきました。
(お礼を言うのはこちらです。ありがとうございました)
ちょうどこんな本読んでいて、ウチノ板金さんも工藝ですよね〜、なんてお話を。
(図らずも、表紙には、和國商店を手がけた隈研吾さん推薦、の文字が)
本書には、様々な工藝職人の含蓄ある言葉がたくさん出てきます。
中には、最近よく目にする工務店(僕は面識ありませんが)・菱田工務店の菱田昌平さんの
「大工って、職業じゃなくて、生きざまなんですよ」
という言葉もあります。
本書で印象的だった箇所(は、結構あるのですが)に、たわし職人さんに「このたわしはどのぐらいもちますか?」と聞いたら、「どうすれば長持ちしますか、と聞きなさい」、と怒られた、というお話です。
どのぐらいもつか、と、どうすれば長持ちするか。
似たようなことを言っているようで、全然違いますよね。
モノが長持ちする秘訣は、単に耐久性ではなく、愛である、と。
本書を通じて、ずっとなんとなくモヤモヤしていた、工務店の立ち位置について、見えてきた気がします。
意識的に工藝的であろうとする工務店もあります。
無意識に工藝的なところもあります。
工藝とまるで無縁なところもあります。
無縁なのに工藝っぽく見せようとするところもあります。
↓こんな感じ?
| 実態は工藝的ではない | 実態が工藝的である | |
|---|---|---|
| 語る・見せる | 工藝っぽく見せる | 意識的に工藝的 |
| 語らない | 工藝とは無縁 | 無意識に工藝的 |
どれがいい悪い、ということではありません。
ただ、このポジショニングと、発信の仕方(あるいは僕の接し方も)がズレていると、なんか、気持ち悪い〜、ってことになってしまう。
そんなことに、今更ながら気づきました。
僕の接し方、という点では、
まあ、多分、一番やりづらいのが左上・工藝的でないのに工藝っぽく見せる、というパターンです。
あんまりやりたくないかな〜、というのが、工藝とは無縁、まあ、世の中に一番多いパターンかな?
工藝的だけど無意識、というところは、やりがいはあるのですが、そういうところは、工藝的な発信を好まないので、お手伝いが大変です。
(ある意味、この本が参考になる)
となると、やっぱり意識的に工藝的、というところが、一番あっているのかな〜?
あるいは、このマトリクスの、違う位置に動きたい、という意思があるなら、それはそれで、やりがいのあることだと思ったり。

折鶴も本もお勧めです。ぜひ触れてください。



