相変わらずネット攻撃が終わらないな〜
僕のこのブログごときも、日々攻撃を受けています。
既知の攻撃は防いで記録もしています。
PHPの脆弱性を狙いたいのであろう攻撃が、毎日結構な数がやってくる。
システムの隙を突く攻撃、というやつです。
しかしネット上には、もう一種類、攻撃があります。
システムではなく、人の言動の隙を突く、ネット叩き。
こっちの方が、対処が難しいかもな〜。
GMOインターネットグループの熊谷代表による記者会見(11月2日)が、えらい勢いで話題になっていました。
「お名前.com デスクトップクラウド」への不正アクセスと情報漏えいについての謝罪会見で、GMOは前者の攻撃の被害者です。
それが、会見をきっかけに、今度は後者の標的にもなってしまった。
フタを開けてみたら、社長が涙ながらに「31年間、一度も儲けるという言葉を使ったことはない」と熱弁を振るうという、なかなかの劇場型独演会になっていたようで。
もちろん、この会見を安全地帯から嘲笑したいわけではありません。
大規模なサイバー攻撃の標的にされた現場の胃の痛さは想像を絶するものがあるでしょうし、創業者が会社にかける並々ならぬ執念みたいなものも、分からなくはありません。
分からなくはないのですが、どちらかというと怖いな〜、と。
隙を突かれるのが、システムだけでなく、言葉の方にもあるんだな、と。
例えば、工務店の現場で、似たことが起きたら?
住み始めた後、大きなトラブルがあった現場に、青ざめた現場監督を従えてすっ飛んできた工務店の社長が、施主の前で突然涙ぐみながら、こんなことを語り出したらどうでしょう。
「私は創業以来三十年、家づくりで儲けようと思ったことなど一度もありません!」
「お客様の笑顔を見ることだけに、命の砂時計を注いできたんです!」
「この命にかえても、あなたを幸せにしてから死にます!」

……いや、知らんがな、だよなあ、その段階では。
そんなポエムを聞かされたところで、施主からすれば「いや、社長の生き様はどうでもいいから、すぐにどうにかしてくれ」としか言いようがありません。
ただ、ここで引っかかるのは、同じ言葉でも、平時なら許されてしまうことです。
ホームページの「代表挨拶」やパンフレットの巻頭に、似たような言葉が並んでいても、誰も怒りません。
読む側に余裕があるので、まあそういう会社なんだな、と聞き流してもらえる。
正直に言うと、僕は平時のポエムも、ちょっと苦手なんですけど。
(スペック自慢ばかりするなと散々言っておいて何ですが、思想や姿勢を語ることと、ポエムを語ることは、似ているようで別物だと思っています)
でも、苦手というだけで、害はありません。
害がないから、許される。
それが有事になると、同じ言葉が一瞬で叩かれる側に回ります。
余裕のなくなった相手には、事実の代わりに差し出された言葉に聞こえてしまうからでしょう。
同じポエムなのに、平時は許されて、有事は許されない。
ずるいような気もしますが、そういうものなのかもしれません。
もう一つ、あの会見で気になったのは、途中で部下に「パワポ、すぐ使えるように準備しときなさい」と言ったり、お詫びの場でボタンが開いていることを指摘したりと、苛立ちが見えた場面です。
(もちろん、謝罪も、事前に課題を指摘されていたことを認める説明も、会見ではちゃんとありました。その上での話です)
あくまで一般論ですが、圧倒的なカリスマが一人で引っ張ってきた組織ほど、問題が起きたときにトップの感情と会社の機能が癒着して、客観的な事実の開示が後回しになりがちなのかもしれません。
「一番の脆弱性は社長自身」なんて皮肉は、地方の小さな工務店にとっても、まったく笑えない劇薬のような言葉です。
システムの脆弱性は直せても、人の脆弱性は、なかなか直らないので。
理念を持つのはいい。
想いを込めて家をつくるのも、当たり前に素晴らしい。
けれど、それをポエムにして口にするのは、許されている間だけの贅沢なのかもしれません。
しかも、言い訳の道具として口にした瞬間、その言葉は、嘘みたいに聞こえてしまう。
トラブルの渦中で求められているのは、熱い想いでも涙の独演会でもなく、泥臭く事実を認めて淡々と泥をかぶる覚悟なんじゃないかな〜、と。
とか書くと、嫌になっちゃうかもしれないし、やっぱり、一番の脆弱性は社長自身、かもしれませんけど、一番の財産も社長自身だと思うので、気を落とさずに行こう!

