秋山東一を思い出す会1・分人と自由

秋山東一さんを思い出す会が開かれました。今週はたぶん、全部その時の話。まず一回目です。


去る18日、東京・銀座で「秋山東一を思い出す会」が開かれました。
秋山家のみなさんと、協同組合もくよう連のみなさんと一緒に僕も準備をお手伝いしてきました。

個人的な反省点はありますが、全体としては良い会になったのではないか、と思います。


親族、学友、弟子、施主、元スタッフ、などなど、いろんな人が集まりました。
お申し込み時に一番選択して多かったのは「友人」です。
僕も「友人」として申し込みました。

それぞれ参加者の立場、というか関係は、一応は違ったわけですけど、参加していろんな方とお話しする中で感じたのは、「誰の目にも同じように映っている秋山東一像」でした。

以前、ブログで「分人主義」について触れたことがあります。

分人主義・別の社会での違う自分も「本当の自分」
地域の一隅を照らす工務店を応援したい佐塚です。このブログは工務店ネットワークの運営を通じて工務店の皆さんに考えてほしいことなどを綴っています。僕の本業が工務店ネットワークなのである意味それは当然です。(その割に関係なさそうなこともよく書くけ...

要するに、人は立場、相手によって「自分」を使い分ける、というものです。
僕は↑このブログを書いた頃に比べると、だいぶ使い分けなくなっている気がしますが、それでもやっぱりある程度は使い分けてるんだと思います。

例えば家族と仕事先、同じようには振る舞えなかったり(お仕事でご一緒している方が酒ガバガバ飲めて嬉しかったり)


ところが、秋山さんには、そういうところがなかったようなのです。
もちろん、少しはあったんでしょうけど、誰に聞いても、納得できる秋山東一の話が出てきます。
親族であっても、です(違ってたら、すみません、ですけど)。

相手によって対応が全然違う人って、嫌ですよね。
工務店の社長さんにもいらっしゃいます。僕は、そういう人とはできるだけ、距離を取るようにはしていますが。

工務店は請負業ですが、お客さんに必要以上に媚びることもないし、かといって偉そうにするのもどうかな、という気はします。でもまあ、媚びも偉そうも、一貫してやるんだったら、それはそれでありかもしれない。


秋山さんは、自由、という言葉が好きでした。好きだ、と聞いたことはないですが、好きだったはずです。
言葉が好きというより、自由であることが好きでしたし、それは建築設計にも現れていました。

ご遺族からの挨拶状にも「自由」の文字が。

自由、の意味もそれぞれだけど、それぞれの「自由」が感じられる会になって、ご親族はじめ、皆さんにも存分に思い出してもらえたのではないでしょうか。

僕も、もっと自由自在でやってきたいな〜。


さて、宣伝です。

当日、会場でも僕やスタッフの皆さんが着用していた限定Tシャツ、絶賛販売中です。
ご参加の方はもちろん、当日参加が叶わなかった方こそ、買うべき品です。

Tシャツは3種類 詳しくは販売サイトをご覧ください。

landship powered by BASE
建築家 故・秋山東一の記念品です。

ちなみに僕が来ていたのはLサイズです。

なお、これが売れても僕には収益があったりはしません。念の為、お伝えしておきます。
純粋に秋山さんを思い出すための、そして秋山家の応援として、ぜひお求めください。