北九州市立美術館にコンプレックスの差を感じる

磯崎新設計の北九州市立美術館に連れて行ってもらいました。丘の上に突き出した二本の筒は、「訪れる人」より「遠くから見ている人」向けに作られているのかも、と感じました。建築のシンボリックな機能と、彼の街と我が街の原動力の違いなんか考えてみたりして。


せっかく北九州まで来たんだから、とワガママを言って、磯崎新さん設計の北九州市立美術館に連れて行ってもらいました。

丘の上に建っています。遠くからでも、それとわかります。
なぜなら、建物が妙な形をしているから。ホワイトベースみたいな建物です(白くないけど)。

二本の筒が、丘の上に突き出している。落ちてこないよな(こら!)


近くによると、イメージがちょっと違います。

アクセス途中から見える、その、丘の上に建っている、という写真が撮れませんでした。残念です。

この建築は、多分、遠くから見たときのために作られている、と感じました。

いやもちろん、美術品を収容し、来場者に見てもらうために作られてはいるんだけど、「訪れる人」以上に、「ここまで来ない大勢」向けに作ってるんじゃないかな〜、って。

まあ、初めて肉眼で見たのが、遠くから見たそのシーンだったので、印象に残っただけ、かもしれないけれど。


建築、というのは、住む人、使う人のためのものであると同時に、シンボリックな機能が多分にあります。
個人の住宅であってもそういう要素はありますが、公共建築(もっと言えば、公金が投入されている建築)なら尚更です。

だって、古来、建築ってのは、権力の誇示だったり、そういうものですもんね。

ちなみに、この建物の、ホワイトベースっぽい先っぽの2本は、裏側にも同じように飛び出しています。これもホワイトベースっぽい。

とはいえ、この美術館はガンダムの放映よりも早く建っているし、それはないんだよな〜。むしろ逆かも。


僕は、美しいものは好きですが、いわゆるアート、は、いまいちわかりません。
なので、せっかく今回展示も拝見したけれど、いまいちどころか、全然わかりませんでした。

この、ホワイトベースの先っぽ的なところも、片方は普通に展示スペースになっているだけで、ちょっと勿体無いな〜とか思ってしまったり(美術の展示としては、もったいなくないんだろうけど)。

写真撮れませんでしたけど、ここにも猫がいました。

猫がいるんだから、いいところです。

いや、そう書くとなんか失礼かな。いいところだから、猫がいるんです。

北九州には、他にも多くの、よい公共建築があります(民間建築もね)。
多分、公害の街、というイメージの脱却のために、そういうシンボリックなものが必要だったのかな。

浜松市も北九州市と同じで、県庁所在地ではない政令指定都市ですけれど、全然負けてるよな〜。コンプレックスが足りないのか?