オリンピックやってるらしいですね。
チェックするつもりはなくても、一般報道にも大量にオリンピックのことが流れ込んできます。
「〇〇金」という報道がほとんどですが…
メダル報道
競技をちゃんと追いかけていれば別でしょうけど、そこまでではない…という場合、日本選手がメダルを取った、という報道ばかりです。
そのプロセスはほとんど報じられずに、金メダル、銀メダル、銅メダル…
メダルを取った選手、取れなかった選手のお涙頂戴ストーリーもおまけでついてくることが多い。
ちゃんと競技を見ていれば、優れた技術やチームワークを目の当たりにして、そっちで人の心が動いたりするんでしょう。
でも、報道、特に切り取った報道では、メダルという結果と、お涙頂戴ばかりになる。なぜか?
中身のことは興味ない?
モノを売るのではなくストーリーを売れとか、プロセスを開示してファンを作れ(プロセスエコノミー)とか言いますね。
僕もそういうの、嫌いではありません。
ただ、それは、モノの完成度が高いのが前提で、モノがダメなのを誤魔化す技術ではありません。
オリンピアンは、努力や才能や周囲の物心両面の支援などの積み重ねで、最高峰を競うわけなので、何かがダメなことをストーリーで誤魔化している、なんてことはありません。
それをやっているのは報道側の問題で、要するに、報道側が中身を重視していない、ってことなんだろうけど、なぜなら、受け取る側の僕らがそれを求めているから、ってことなんだろうなあ。
じゃあ、なぜ「メダル」だけが勝つのか
それでもメダル報道がメインになる理由はシンプルで、「受け取りが一番ラク」だからです。
金=すごい。銀=すごい。銅=すごい。
ここまで圧縮されると、競技を1秒も見てなくても会話に参加できます。
逆に、技術やチームワークの話は、面白いんだけど、前提知識がいる。
前提知識がいる話は、報道にとっては「編集コスト」が上がるし、受け手にとっては「理解コスト」が上がる。
って考えたら、「メダル報道」楽ちんだよね〜。
「お涙」は、説明の代替
でもメダルだけだと味気ない。だから「お涙」が付く。
これも、競技理解の代替です。
技術のすごさを説明できない。戦術の妙を説明できない。でも人を動かしたい。
努力・挫折・家族・恩師、みたいなあたりなら、みんなわかるよね?
それはそれで尊い話かもしれないけど、競技そのものが置き去りになってるよな…
住宅業界の「メダル報道」
住宅でも、似たことが起きます。
「〇〇賞 受賞」「耐震等級〇〇」「UA値 0.〇〇」「〇〇補助金あります」
これ、全部「メダル」です。もちろん大事。嘘はダメだし数字は必要です。
でも、数字だけで語ると、家づくりの中身って全然伝わらないのでは。
その会社が何を大事にして、どこで手間をかけて、どこで妥協しないのか。
設計と現場がどう噛み合っているのか。
10年後に効いてくるディテールは何なのか。
そういう話は、長いし、伝わりにくいので、「メダル」だけが流通するってわけ。

「中身を見せろ」だけでは足りない
プロセスエコノミー的に言うなら「中身を見せろ」なんだけど、ここに落とし穴があります。
中身を見せた瞬間、「で、結局なにが良いの?」と思われたら終わりです。
一般の人は、別に「中身」が嫌いなわけじゃないけど、中身が結論に結びつけられない人も多いはずです。
だから、僕が工務店さんに勧めたいのはこれ。
・入口は「メダル」でもいい(結果の一言で入れる)
・その先に「中身」を置く(納得の材料)
・そして最後にもう一回「結論」を出す(選びやすくする)
…え、メダルしかない…? そんなことないでしょ。よく周りを見て!
「結果しか見ない人」を敵にしない
広告にメダルを出して、飛んでった先にもメダルの羅列だけだったり
広告にメダル、飛んでった先は突如お涙頂戴だったり
どっちもミスマッチですね。飛んだ先では、メダルの中身がどう「見てくれている人」にいいのかを教えてあげないと。
結局のところ、たびたび言っている「翻訳」が必要なわけです。
「耐震等級〇〇」→ 構造とプランの整合性(住み心地や美しさ)
「断熱等級〇〇」→ 住み心地を決める要素を翻訳する(窓?換気?施工精度?)
「受賞」→ その賞の評価軸は何? うちの家づくりとどこが一致してる?
みたいな感じで、メダルを否定するんじゃなくて、メダルの意味を翻訳してあげるのです。
メダルだけでなく、お涙ストーリーでもない、そのあいだの部分が、住宅にとっては一番重要だと、ちゃんと伝えていきましょう。
