AIに、言語化させられてもう大変

AIを使い始めてから、やることが増えました。打ち合わせの記録を作るようになり、プロンプトのために自分の「なんとなく」を言葉にするようになった。AIに強制されて。


AIでウハウハ、になってますか?
僕は、なんか、AIのおかげで大変になっているような気がしてきています。

本屋に行くと、「言語化」の本がいっぱい並んでいます。
言語化力、言語化トレーニング、言語化で人生が変わる、みたいなやつ。

手持ちのKindleのライブラリにもいっぱいあるかな? と思ったら、「言語化」がつくタイトルの本は小川哲さんの『言語化するための小説思考』だけでした。
(余談ですが、この本おもしれ〜のでおすすめです。僕のおすすめは面白くない、とよく言われますが)

「言語化」、僕も嫌いな言葉じゃないんですが、なんか、ちょっと、ね。
(ブームになったら、少し冷めてしまう性格です)

AIで、楽になった? 仕事が増えた?

そんな僕が、生成AIを使い始めてから、言語化を強制されるようになりました。本を買ったわけでも、セミナーに行ったわけでもないけど。

僕がフリーランスになったのは2023年の秋で、ちょうど生成AIが急速に広がり始めたタイミングでした。
偶然ですが、わりと大きな偶然だったと思っています。
ひと昔前のフリーランスには、こういうものはありませんでした。一人でやれることの上限が、今とは全然違ったはずです。

僕はAIがある状態でスタートしているので、それは恵まれているとも言えるし、ない状態を知らないまま来ている、とも言えます。

AIを使うようになって、仕事が楽になりましたか? と聞かれたら、「楽になった部分と、増えた部分がある」と答えます。
楽になった部分は、まあわかりやすいのでここでは置いておいて。

増えた部分の話をしたいのです。

たとえば打ち合わせの記録。

以前は、まあいいか〜で済んでいたんです。大事なことはメモしてるし、頭に入ってるし、と。
でも今は、ちゃんと記録を作るようになりました。AIに渡すために。

AIは「さっきの話」を知りません。
何があったか、何を決めたか、教えてやらないと何もできない。だから記録を作る。
AIに食わせるために、人間が整理をしている。めんどくせえ〜。立場、逆じゃない?
(いや、そもそも記録してるんだったら、楽になった、に違いないですが)

もう一つは、プロンプトを考えること。
「〇〇を教えて」だけでも動いてはくれます。でも、まあまあアホな答えが返ってきたりします。
ちゃんとした答えが欲しければ、自分が何を求めているかを言語化しなければならない。
これが地味にしんどいのです。
プロンプト考えて、っていうプロンプトもありだし、学習させていけばある程度先回りはしてくるけど、それでも、元の言葉がダメダメだったら、やっぱりまあまあダメなのです。

なんとなく、を汲み取ってもらえない

なぜかというと、自分でも「なんとなくこういうやつ」程度にしか考えていなかったことを、言葉にしなければならないから。
AIに「なんとなく」は通じない。
(これも、まあ、いくら言ってもわかんない人間もいるけどさ…)

なんとなく、でやってたことが、意外と多かった、ってことですよね。僕に限らず。

なぜその順番で話すのか。
なぜその構成にするのか。

聞かれなければ答えなくていいのに、でもAIに投げようとすると、答えが必要になる。
言語化させられる、とはそういうことです。

AI導入に血気盛ん…?

工務店のAIセミナーが盛んです。僕の周りの人も、割と行っているようです。AI導入の営業も盛んみたい。

売る方も買う方も、気持ちはわかります。

買う側(工務店側)は、乗り遅れたくないし、使えないと言いたくないし、何かを持って帰りたい。
売る側(他人の褌)は、今のうちにビジネス化してしまえ、囲ってしまえと、(実は割と簡単なことを)振りかざしてたりする。
全部が全部、そうじゃないだろうけど。

ただ、セミナーで使い方を覚えても、「なんとなく」のまま使おうとするとうまくいかない。
AIはなんとなくを見透かしてんのかな? ぼんやりした問いには、ぼんやりした答えが返ってくる。

喜び終わった人間の話

大変になった、と冒頭に書きました。

でも、増えた作業のほとんどは、「本当はやっておくべきだったこと」だったりするんですよね。
記録も、言語化も、人間だけのチームでも有効なものなんです、当たり前だけど。
だから、それらをちゃんとやってた人にとっては、やることは減るでしょうし、なんとなくでやってたら、増えたように感じる。
あ、僕がなんとなくだったってバレちゃったか…

僕自身は、AIへの興奮はもう終わっています。
もちろん、新しいことは日々でてくるし、すげえな〜と思ったりはします。
昨日も、初めて使ったサービスで、随分と仕事が助かりました。

でも、便利な道具として使っているだけで、それでセミナーをやりたいわけでも、すごいでしょと言いたいわけでもない。

ただ、喜び終わった人間の方が、冷静な話はできるとも思っています。これが最先端だスゲーだろ! というのは追いませんけど、背負った荷物がいくらか下ろせるんじゃないの、ぐらいな。

というわけで、この手の話には、わりと落ち着いて付き合えますよ。やんなくていいんじゃね? ってのも含めて。