モヤモヤしながら自信持って進めることは、AIにはできねえだろ〜

生活のあれこれ、そう、家づくりでも、目の前のプロをAIで値踏みする時代になっている。「AIに聞いてみてもいいですよ」と言える自信を作れるか。


AIサービス・Claudeを擁するアンソロピックが、AIの開発減速を提言しました。
色々スゴすぎて、人類がついて来れなくなっちゃうとヤバい…ってことなんでしょう。

Claudeは、質問に答えてくれる、というタイプのチャット型だけでなく、色々と動いてアレコレしてくれるというエージェント型のようなサービスが評価されています。僕も、そこそこ便利に活用しています。

そんなことを棚に上げながら。


先日、近しいところで医療方針をどうするか、ということに直面しました。
本人は意思表示ができず、周囲がどうするかを決めないといけません。

主治医の説明はわかりやすく、方針もはっきりしているものでした。

しかし、素人たる我々は、ここでもAIに聞いてみちゃったりするんだよな…

何故なんでしょうね?

もしかして間違っているかもしれない。
もっといいやり方があるかもしれない。
結局、目の前のプロを信じることができない…?

結果、複数方面から色々聞いてみても、AIが返してきた答えは、主治医のそれを裏付けるものばかりでした。

まあ、最初からプロに従っとけばよかったんだけど、僕らがした、この行為って、なんなんだろう?

そして、こういう時、多くのAIチャットは「わかります、心配ですよね」的に寄り添うフリをしてくる。奴ら、人たらしだな〜。


同じことが、家づくりの現場でも起こっているはずです。

工務店のAI事情は、まず集客用コンテンツ、ついで営業効率のアップ、ようやく設計にも活用できるようになってきたか…という段階じゃないでしょうか。

お客さんがAIで調べた時に、自社が出てくるように、という、AI対策に躍起になっているところも多いです。

お客さんとのやりとりをAIにまとめてもらって、間違いや漏れをなくす、なんてことも一般的になってきました。
これも、悪いことではありません。

しかし、お客さん側だって、AIを使うわけですよね。

いろんな情報があってよくわからない。目の前のプロの話より、AIの話を信じたくなる人が、いっぱいいるかもしれない。


冒頭の、医療のことが、そのまんま当てはまる気がします。

・工務店からこういう提案をされた。
・わかりやすく、はっきりしたものだった。
・でも素人たるお客さんは、AIに聞いてみちゃったりする。
・もしかして間違っているかもしれない。
・もっといいやり方があるかもしれない。
・結局、目の前のプロを信じることができない…?

まあ、「AIがこう言ってたので…」と、言い出せないお客さんはいるでしょうし、堂々と「AIに聞いてみたらこう言ってたんですが」と言ってくる人もいるでしょう。言ってくれる方が、まだなんぼかマシかな? コミュニケーションができますもんね。

つまり何が言いたいかって?
相手もAIで、あなたの仕事を値踏みしてるかも、ってことです。

目の前のプロを信じられない、というのなら、それはとてもさみしいことですが、でも、社会がだんだんそういうふうになっていますよね。

もちろん、たいていのプロより、AIの方が知識量は多いのは間違いないし、一般論を導き出す速度も速い。

世知辛いね〜。いや、便利だからいいのか?

AIに聞こうと思わせない、という圧倒的な姿勢を見せるのも一つです。
でも、AIに聞いてみてもいいですよ、という自信というか信頼というか、そういう空気を作る方が、いいんじゃないかな。


そしてそれは、そのまんま、僕にも当てはまります。
ましてや、今の所AIでは変わりが効かない「現場」がある工務店と比べて、僕の仕事の大多数は、もしかしたらAIがなんとかしてくれるかも、という範囲です。

AIを使いながら、AIに値踏みされている。
その両方が同時に本当のことで、どちらかを消すこともできません。
べつに、答えが出るわけでもないんですが、まあ、答えなんか出ずにモヤモヤしながら進めることは、AIにはできねえだろ〜、って、どうでもいいところで差別化してみよう。

なので、AIに聞いてみてくれてもいいですよ。