先日も石油関係のことを書きました。何ら解決にはならない話ですが。
そういえば、以前、セクシー環境大臣だった某氏が、「プラスチックの原料って石油なんです。意外と知られてないけど」みたいなことを、ドヤ的な感じで述べていて面白かったですけれど、いざこうなると、あれもナフサ、これもナフサ、みたいな感じで、セクシー大臣を笑えないなあ。
人はどうしてドヤ顔をするのでしょう。いいカッコしようとするのでしょう。
仕事が欲しい、モテたい、チヤホヤされると気持ちいい。
いろんな理由があるんだろうな。
僕は個人としてはSNSをほとんど使っていません。
使うとしても友人や仕事関係のメッセージ類ばかり。
Facebookには、このブログの更新情報を出していますけど、あとはさっぱり。
いいね、とかくださる方には申し訳ないですが、他の方の投稿はほとんど見ていません。
なぜか? モヤモヤするというかイライラするというか、そういうことが多いからです。
だから、普段はろくに見ないSNSを、とある事情であれこれとたぐっていたら、やっぱり、へんな気分になる投稿がいくつかありました。
専門外のことを生成AIに聞いて、俺スゲーってドヤ顔してたり、丁寧な暮らしの切り取り投稿に必死になってたり。
いや、ドヤ顔は見えないし、切り取りか知らないし必死になってるかもわからんけど。
僕の被害妄想(なんの被害?)と言えばもちろんそうだ。
やっぱり、なんだかモヤモヤする。

SNSにも有益な情報がある(こともある)のは知っていますし、飲食店なんかだと、SNSでの発信しかしていない、というケースも少なくありません。
そこに行かないと得られない種類の情報もあるわけです。
SNSにいる人の多くは、何かを伝えようとしているというより、何者として見られようとしているんじゃないかな〜と思うことがあります。
「見られたい自分」と「実際の自分」のギャップを埋めようとする行為が、結果としてドヤ顔に見えたり、丁寧な暮らしの切り取りに見えたりする。そういうことかもしれない。
僕からはアホにしか見えないそういう投稿も、ファンにはたまらないんだろうなあ。人、それぞれ、です。
工務店のSNSも、同じ罠にはまることがあります。
施工事例をきれいに並べて、受賞歴を告知して、社長の日常をちょいちょい挟む。それ自体は悪いことではありません。でも「見られたい工務店」を演じはじめると、届けたい人に届かなくなるかもしれません。
そもそも、SNSは検索してたどり着く場所というよりは、流れてきたものを見る場所です。
だから、飲食店の場合はわかりやすい。「今夜どこ行こうか」という気分のときに、Instagramで見たあの店が思い出される。あるいはその瞬間に出てくる。
それは情報というより、記憶の刷り込みに近い。
(そのためには、定期的に出てこないといけない、というのが面倒なんですよね)
当然ながら、工務店が家を建てる頻度は、飲食店が食事を提供する頻度より圧倒的に少ない。
でもやっぱり集客、というか告知はInstagramに頼りたい。
頼るのはいいけれど、頼りすぎて「見られたい工務店」を演じはじめたら、最初の話に戻ってきちゃう。
そういえば、このブログはどうなんだろうな〜。
僕も何者かとして見られたくてやってるんじゃないのか、と言われると、まあ、そういうところもあるよな。
(ドヤ顔してる自覚がないのが一番ドヤ顔、という説もある)
人のことは言えませんが、工務店のSNSも、たまに自分で見返してみてほしいところです。
「情報発信」のつもりが「ドヤ顔」になっていないか。
何のためにやっているかを決めておかないと、流されていってしまうばかり。
こんなの読んでも、モヤモヤしますよね。でも、モヤモヤない人って逆に怖いかもだな…
