詰めた満足と、食べる現実、みたいな話

要望通りに作った。落ち度もない。はずだったけど、作った時点ではわからなかったことが、結構あったりして。


日曜恒例メシの話

僕は、出張時以外の昼メシは事務所兼自宅で食べることが多いのですが、妻は勤め人なのでお弁当を持っていっています。
その弁当は、僕が作ってます。

同じものを自分でも食べているから、いろいろわかっているつもりだったけど、状況が違うと、結果も違うんだな…


この日は、お弁当を作った後、急遽、妻が会社を休むことになりました。
弁当本体は保冷した状態です。

で、お昼に、たまには僕も弁当食ってみようかな〜、と、その弁当をいただきました。

そしたら。

冷たい、のは、まあわかっていたけれど、ご飯が硬くなってたり、おかずも固まってしまっていたり。
豚汁も、まあまあ冷めています。

そうか〜、当たり前だけど、弁当は、詰めたときと食べるときで、条件が違うんだよな〜
(昔は自分でも作った弁当食べていたんだけど、もう忘れている)


工務店の中には、建てた後の家に全然行かないところがあります。

建てた後の家に行く、というのは、約束している点検の時か、クレームで呼ばれた時ぐらい?
つまり、「面倒ごと」になってしまってるんですね。
わからんでもありません。

でもそれは、華々しくレシピを公開して、詰めたてのお弁当の写真を撮る。でも、食べる時どうなってるかは知らない。それと似たようなことじゃないだろうか。

要望通りに作った、あるいはいつものように作った、とにかく落ち度はないはずだ…
けれど、お客さんの生活様式に、もし合っていなかったら…?

というわけで、「詰めたて弁当の写真」までじゃなくて、「食べるときの状態で味見」は、大事だよな〜。
それが住宅の場合、何を意味するかは、ここまで書けばなんとなくわかりますよね?

まあ、僕も、弁当詰めて満足してたんだけど。