恋愛寿命が尽きる寸前

恋愛寿命は縮んでいき、熱中寿命は伸びる。20代と60代が思う「ルッキズム解放元年」にはかなりの差がある。なんてことをあまり決めつけない方がいいよなあ、という話。


昨日は電通のことを書いたから、今日は博報堂のことでも書くか。
ってわけじゃないんですが、気になる話がありました。

日経の記事によると、博報堂生活総合研究所の調査で、他人に恋愛感情を持てなくなる年齢の平均が、55歳9カ月なんだとか。

2014年の調査では、60歳6ヶ月だったのが、2019年には59歳7ヶ月に、そして2024年、55歳9ヶ月にと、どんどん他人への恋愛感情を持てる年齢が低くなっている、と。

でさあ、僕、55歳8ヶ月です。恋愛寿命まであと1ヶ月。
もうじき消えてしまう。
どなたかあと1ヶ月以内に燃えるような恋でもしてみませんか…というのは置いといて

一方で「熱中寿命」というのもあって、こちらはアニメやアイドル、鉄道なんかに熱中し続けられる年齢の上限らしいんですが、2014年の44歳から2024年には48歳まで延びている。

恋愛は縮んで、熱中は延びる。

人間、何かに向ける熱量の総量は変わらないんだけど、向け先が変わってきた、ということなのかもしれません。

実在の人間、というか、手が届くところにいる人を大切にしなくなってきているのかなあ?


一方、この記事で一番引っかかったのはそのどっちでもなくて、「ルッキズム解放元年」と「鏡離れ元年」

20代と60代に「他人の目線が気にならなくなって、外見を気にしなくなるのは何歳から?」と聞くと、20代は45歳と答える。

ところが60代自身に聞くと、63歳と答える。

若い世代が想像する「もう枯れてるはず」の年齢と、実際に60代の人が「いや、まだ全然気にしてるよ」と思っている年齢の間に、18年ものズレがあるのです。

若者は、実のところ、ルッキズムからは早く解放されたい、という願望を持っているのかもしれません。
…僕も鏡なんて鼻毛を切る時ぐらいしかみないなあ…一応鼻毛は切ってますが、解放されちゃってるなあ…いいかわるいかわかりませんけど

何はともあれ、未来は、自分の現在地からしか想像できない。


若い営業マンが、60代の施主候補を前にしたとき、頭の中にあるのは「もう落ち着いた暮らしでいいんだろうな」「派手な設備はいらないだろうな」という、20代が想像する60代像、なのかもしれません。

僕もちょっと、そんな風に思うきらいがあります。

でも、目の前にいる60代の本人は、意外と現役で、意外とこだわりがあって、意外とまだ攻めたい。
ルッキズムから解放されるのが63歳なら、暮らしの好みだってそう簡単には枯れない、ってことか。

逆のパターンもありえます。

ベテランの営業マンが、20代の若い夫婦を見て「今どきの若い子は」で家像を決めつけにいく。
でも当の20代は、SNSでずっと年上の暮らしを見て育ってきていて、意外と老け専ならぬ「渋め専」だったりする。

想像は、自分の年齢という鎖に縛られてんだよな〜。

記事の中で面白かったのが、全66項目の中で「全体平均に一番近い回答をしていたのは40代で、ズレはわずか0歳9カ月」だったという話。
40代が40代に売る、んだったらギャップがないのかもしれない。まあ、そんなピンポイントな営業は難しいですけど。


お客さんのペルソナを決めろ、絞れ、なんて、よく言われます。
60代はこう、20代はこう、なんてのは、社会全体の傾向ではあっても、個人の志向全体を表すものではありません。

でも、このペルソナ設定があざとすぎるというか、いや〜な感じで表に滲み出ちゃってると、売らんがな感が強くなりますよね。

と、もうじき恋愛寿命が尽きる男が言っています。
そういう人には何を勧めるのだろう。何を売るのだろう。

僕自身がどうなのかは、勝手に決めないで、僕に聞いてくれよな、って思うけどね。