久米宏さんが1月1日に亡くなっていたとの報に、色々と考えました。
僕はニュースステーションが終了する頃にはすでにテレビを手放していたので、最終回(ビールを飲むというやつ)は見たことがありませんでしたが、今回の訃報にあたってテレビ朝日が動画を公開していたので、はじめて拝見しました。
「個人の見解」の賛否
最後の方で
想像できないぐらいの厳しい批判、激しい抗議も受けました。
もちろんこちらに非があるものもたくさんあったんですが、こちらは理由がわからない、故なき批判としか思えないような批判もたくさんありました。
と言った後で
というあとでビールの栓を開けると、渡辺真理さんが
最後まで独りよがりっぽい
と突っ込んでいて…
独りよがりっぽい、だからこそ、逆説的に支持されたんでしょうね。
そして嫌われもした。
偏向報道、なんていう話もよくあったようですし、政府与党の圧力もあったようです。
(久米さんは後の著書で、ニュースステーションが成功だったか失敗だったかわからない、と述べていました)
そんな中でも久米さんが支持されたのは(そして支持しない人も多かったのは)、自分の意見をはっきり言っていたから、なのでしょう。
現代は埋没危機の時代
今はフィルターバブルやエコーチェンバー真っ盛りで、ニュースステーション時代には想像もできないほど「偏り」が起こってしまう時代です。

住宅関係の情報も然り。
僕は最近、住宅相談カウンターとか紹介ビジネスについてあれこれ調べていましたが、そうするともう、広告はそっち系だらけ。
世の中の人はみんな紹介ビジネスで家を建ててるんじゃないかと思ってしまう程に。
そんな具合に、情報は偏って届いてしまいますし、一般論はAIがいくらでも答えてくれます。
その中で、一般論を発信していても、しょうがないよな〜(埋没するよね、という意味)。
やっぱり「個人の見解」というか「会社の見解」がしっかり表に出ていかないと。
もし久米宏さんが工務店の社長だったら、
「うちは安売りしません。だって、いい材料使って職人が手間暇かけて作るんだから、高いに決まってるでしょ」
「流行りのデザイン? すぐ飽きるからやめたほうがいいですよ。10年後にはゴミになっちゃうから」
みたいなことを言うんだろうなあ。
めんどくさいですね。
「偏向広告」のススメ
でも、この「めんどくさい話」こそが、今の時代に必要な「広報・広告」なんじゃないかと思うんです。
笑顔の家族写真(フリー画像とかAI画像)に、「手垢キャッチコピー」がついた広告に、誰が心を揺さぶられるのか。
いや、それで揺さぶられる人は、自分のところに合う客なのか?
変な人も多いですよね。変な人には来てほしくないし、嫌われてもいいですよね。
いや、むしろ嫌われたい!

変なお客に来てほしくなかったら、偏向広告だな!
(広告の審査で落ちたりする、かもしれませんが)
